恋はリハビリ
出血記

脳卒中のリハビリにおいては、いかに麻痺足に体重をかけられるかに尽きる。片麻痺独特の疲労感は健足1本に体重のすべてがかかることに起因する。簡単に言えば我々は1本足で歩いているのだ。麻痺足にいかにして神経を通わせるか。それには「要不要の法則に従うしかあるまい。私たちの神経や筋肉は、使えば使うほど発達するが、使わないでいると退化してしまう。起きている間中麻痺足にも体重をのせているのが一番良いが、我々にはそれができない。

リハビリというのは継続である。一時的に強力に取り組んだとて、どうにかなるものでもない。毎日の積み重ねが全てだ。たとえ、脳神経の復活があったとしても速攻完治とはならない。気の遠くなるような時間のかかる訓練が必要となる。しかし、リハビリにばかり目の色を変えていると、それは拷問に近いものだと感じる。かと言って止めてしまうのはなおさら良くない。

我々は生涯リハビリから逃れられない運命にある。これは何も障害者に限ったことではない。健常者とて日々の老化現象から逃れる術はない。運動を怠けているとたちどころに筋力がダウンする。健常者の運動不足はさておき、我々、身体に障害を持つ者にとっては、いかにトレーニングを続けるかに各位、奮闘努力されているものと推測する。

私は、生活そのものをリハビリと捉え、施設依存のトレーニングを避けるにいたった。病院リハなどに依存しすぎるとそれから離れられなくなってしまうからである。旅はリハビリ、恋愛療法、スイカ療法、などでテンションの維持に努め、発病当初に比べると麻痺足にも体重がかかり、足も上がるようになり、歩行もずいぶん楽になった。

暗くなりがちな脳卒中の世界であるが、明るく前向きに生きたいと思う。 ENTER




2007/12/25